日々教会でフィリピンの人々は祈りをささげる、特に毎週日曜日には大勢の人が教会のミサで祈る、私の家も家族全員でミサに出かけ神父のお説教を聞き、帰りはレストランで外食したりテークアウトして自宅で夕食を囲む、毎週日曜日のイベントです。どうして教会で祈りをささげるのか?日本人はお寺に神社には行くが毎週の様には行かない、日本の神社、寺とフィリピンの教会では全く存在意義が違う様に私には映る。フィリピンでの教会は心のよりどころに思える、フィリピン人の妻も気持ちが落ち着きたい時、一仕事終えた時など教会に行きたいと言う、日本では誰もいない教会で二人で祈り一日を終える事が度々ある。
私達日本人は道徳を学校、自宅で教えられコミュニティーで実習する、フィリピンでも同じように教えられるがそこに教会が重要な位置を占めているのを感じる、また家族のイベントとして毎週一緒に出かけて話をし食事をしコミュニケーションをはかる機会となっている、何故なのか?今でも朝、昼、晩の食事を3食きちんと食べられる人々が日本ほどいないようであり、家族全員で一緒に食事をする事の意味が教会のミサに出かける事で、家族のイベントとして習慣になっている様にうつる。これも貧富の差が大きい為に残っているのだと考える、日本では家族一緒に食事をしなくてもバラバラでもきちんと食事は取れている人々は大多数いる様に思う、だから家族全員での食事の意味も薄くなり、それぞれ好きな物を好きな時間に食べても違和感のない暮らしとなっているのではないか、祖父母、両親の時代だと家族で食事を囲む意味が今のフィリピンの様にあったのではないかと思える。
フィリピンでの教会
ひとり言
